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連載「ドビュッシーとの散歩」第30回/『音遊人』 2011年12月号


  第30回 アラベスク

 『アラベスク』第一番は、私が最初に弾いたドビュッシーのピアノ曲である。 小学校五年生のころ、スコアリーディング(オーケストラの総譜をピアノで弾くこと)のレッスンに通っていた作曲の先生の家で弾いたところ、先生が歓声をあげた。
−−すごい、音が違っている!
別に、楽譜に書いてある音を間違えて弾いたわけではない。他の、そのころ私が勉強していたベートーヴェンやショパンの曲を弾くときと、響きがまるで違って聞こえるというような意味だったらしい。 作曲家の先生の歓声は、私に心地よい驚きをもたらした。

 『アラベスク』第一番は、『亜麻色の髪の乙女』などとともにドビュッシーのもっともよく知られたピアノ小品だが、代表作というわけではない。 書かれたのは一八八八年ごろ、ドビュッシーがまだ世間的には無名の新進作曲家だった時代だ。パリ音楽院在学中に作曲家の登竜門であるローマ賞に応募し、三年目でようやく大賞を得て二年間ローマ留学。帰国後にカンタータ『選ばれた乙女』で楽壇デビューを飾ったばかりである。
お金もなく、『夢』『マズルカ』など一連の初期の作品とともに、生活費稼ぎのための「わかりやすい小品」として出版社に売られた。第二番は一八九四年にあるピアノの先生の生徒によって初演されているが、第一番はいつ誰が初演したかもわかっていない。

 若書きの『アラベスク』はしかし、タイトルも音楽の内容も、ドビュッシーの美学のエッセンスが詰まっているような作品である。 アラベスクとは「アラブ風の」ということ。転じて唐草模様をさす。イスラム文化圏では宗教上の戒律から人や動物を描くことを禁じられていたので、草木などを図案化した装飾文様が発達した。グラナダのアルハンブラ宮殿には、粋を凝らしたアラベスク模様がみられる。 繊細なアラベスクはドビュッシーにとって、カーヴを描くメロディの象徴でもあった。
パレストリーナやラッススなどルネサンス音楽を愛した彼は、ある評論の中で、「教会音楽の先駆者たちは、あの聖なる『アラベスク』を活用し、触れなば崩れんばかりに脆弱なアラベスクの唐草模様をくり広げてみせる」と書いている。
ドビュッシーによれば、この方法をさらにおしすすめたのがバッハだった。
「バッハにとって、和声学の方式よりは音響の自由なたわむれのほうがずっと大事だった」と彼は書く。「平行し、交錯する音の曲線は、思いがけない開花を用意している。それは『惚れ惚れするようなアラベスク』が花盛りの時代だった」

 ドビュッシーの『アラベスク』でも、左手と右手のなめらかな動きから、唐草模様のような美しいアルペジオがつぎつぎに紡ぎだされる。ときにゆったりと、ときにすばやく、平行進行や半進行をくり返し、ひとつの旋律から新たな旋律が枝わかれしてさらに発展していく。そこにペダルが加わると、すべての音がないまぜになり、思いがけない響きが生まれる。  小学校五年生のとき、『アラベスク』第一番を弾いた私の指は、たしかにこの「からみあう曲線たち」の快感を味わっていたと思う。

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